上級市民ってなに??

20 8月 2019

上級市民ってナニ?  要するに元通産省工業技術院院長や高等検察庁検事長とか、社会的な地位の高かった人が例えば「踏み間違い事故」で人を殺傷してしまったときに「逮捕」もされないと。東池袋の「中高速からの」踏み間違い事故では、母子が亡くなって遺族の夫が犯人に厳罰をと署名運動を行いました。10万人の署名が集まったそうです。文春オンラインの記事から・・・:

文春オンライン

池袋母子死亡事故、暴走した88歳「上級国民」の特権はやはり存在するのか?

安田 峰俊
今年8月3日、13時40分ごろのことである。気温が35.5度に達する屋外にもかかわらず、南池袋公園のテントに多くの人々が群がっている。人の流れは途切れず、ときにはテント前で行列ができることもある。 現場には老若男女が集まっていたが、なかでも10~30代くらいの若い人の姿が目立った。ベビーカーに子どもを乗せた若い夫婦、デート中のカップル、友達同士で連れ立ってやってきている男子高校生――。なかには、ミニスカートのギャル風の女の子が1人で来ている例すらある。社会的な問題を訴える署名活動の場ではあまり多く見ない層の人たちだ。
テントに集まり、飯塚幸三氏の「厳罰」を求める大勢の署名者たち。筆者撮影
© 文春オンライン テントに集まり、飯塚幸三氏の「厳罰」を求める大勢の署名者たち。筆者撮影 いっぽう、テントの左後方には、憔悴した雰囲気の30代前半のワイシャツ姿の男性A氏が立ち、どこかのメディアの取材を受けていた。生真面目そうな性格を感じさせる顔の人物で、左手の薬指には結婚指輪をはめたままだ。

約4ヶ月前の4月19日、A氏は妻の松永真菜さん(当時31歳)と長女の莉子ちゃん(同3歳)を亡くした。元通産官僚で工業技術院の元院長である飯塚幸三氏(88)が運転するプリウスが、横断歩道をわたっていた母子に突っ込んだのだ。 事故直後の報道では、飯塚氏の自動車は2つの交差点の赤信号を無視して150メートルにわたり暴走、通行人を次々とはねたとされる。『週刊文春』(2019年8月15・22日号)に掲載されたA氏の手記によれば、3歳の莉子ちゃんの身体の損傷が特に激しく、顔のおでこから下は正視に耐えない状態だったという。

「厳罰」署名は10万人以上

そこで8月3日、池袋の公園でA氏らによっておこなわれたのが、飯塚幸三氏の「厳罰」を求める署名活動だった。「厳罰」の定義がそれほど明確に示されなかったにもかかわらず、関係者によれば1日で1万9000人が署名。郵送されたぶんも含めると、署名者はすでに10万人を越えたと見られ、今後さらに増える見込みだという。

だが、飯塚氏が車で人をはねた事実は客観的に確定しており、警察の取り調べもおこなわれている。普通に考えれば、刑事的な手続きを経て法廷で然るべき処罰が下されるかと思える。

そうした事件に対して、あえて加害者の「厳罰」を求める署名が呼びかけられ、それに10万人以上の強く賛同しているのはどういうわけか。そもそも、たとえ遺族感情が反映されたものだとしても、「厳罰」とはちょっと言葉が強すぎはしないか――。 だが、疑問の答えを説明するようにも思える材料は、公園内ですぐに見つかった。通常の交通事故遺族の署名集めの現場ではほとんど見られない、警官の姿が数多く見られたからだ。事情に詳しい筋によると、私服警官を含めて10人近くが現場に来ていたという。

2019年7月23・30日号の『FLASH』によれば、板橋区弥生町にある飯塚氏の自宅周辺も、複数の警官が警護をおこなっているようだ。一般的に、警官が事故加害者の自宅を警護するのは異例であるとされる。

「稲垣メンバー」「島田司会者」「小泉タレント」

2019年の上半期、インターネット上を中心に最も流行した言葉のひとつが「上級国民」だ。もとは2015年に流行したネットスラング(参考: 知恵蔵mini「上級国民」 )だが、4月の池袋事故を境に「特権的な上流階層」を漠然と指す形で用いられるケースが増えている。

理由となったのは、事故発生の数日後から、被疑者の飯塚幸三氏が捜査当局や大手メディアから妙に優遇された扱いを受けているため――。少なくとも、そうした印象を抱いた一般人が大勢いたためだ。 例えば、本人が死傷事故を起こした事実が明白にもかかわらず、飯塚氏は事故4ヶ月後にいたるまで逮捕されていない(後述)。さらにメディアの報道でも、事故数日後からは「飯塚元職員」(NHK)や「飯塚元院長」(朝日・讀賣・毎日・日経ほか)といった、本人の名誉を守るかのような耳慣れない呼称が使われるようになっている。

ここから、2001年に道交法違反などの容疑で逮捕された元SMAPの稲垣吾郎が「稲垣メンバー」、2004年に傷害罪容疑で書類送検された島田紳助が「島田司会者」、2005年に道交法違反容疑で書類送検された小泉今日子が「小泉タレント」などと呼ばれていたのに通じる、ちょっと不思議なニュアンスを感じる人は少なくないだろう。

逮捕前でも「容疑者」呼称はあり得る

もちろん、飯塚幸三氏が逮捕されないことや「容疑者」と呼ばれないことの理由はすでに各所で指摘されている。例えば、ある犯罪の被疑者を「容疑者」と呼ぶかは各メディアの判断に任されており、特に逮捕や書類送検がまだの場合、被疑者の呼びかたは各社の自由である。

しかし、今年5月28日に川崎市登戸駅周辺で51歳の男が刃物で2人を殺害した事件では、被疑者の自殺によって逮捕がなされていないにもかかわらず、各社の表記は書類送検前の段階から一貫して「岩崎隆一容疑者」だった。 7月18日に京都アニメーション放火殺人事件を起こした人物も、逮捕状の請求が発表される前の7月19日の段階から、各社が揃って「青葉真司容疑者」と表記している。決して「岩崎元雀荘店員」や「青葉元埼玉県庁職員」などとは呼んでいない。

飯塚氏の場合、故意の殺傷行為ではないことや、京アニ事件などと異なり退院後の身柄拘束の可能性が低いと各社が判断したことが理由かもしれない。ただ、交通事故の加害者は、逮捕状の請求前の段階では「〇〇さん」や「○○運転手」と書く例も多い。しかし、飯塚氏の場合はなぜか「飯塚元院長」という不思議な呼称があえて使われているのである。 世論の疑念を受けてか、 讀賣新聞 ・ 朝日新聞 ・ 毎日新聞 など主要各紙では「元院長」呼称の理由を説明する記事も出た。だが、やがて讀賣新聞は5月18日付けの飯塚氏の退院を報じる記事や、8月3日付けの署名活動を報じる記事などで「飯塚幸三容疑者」表記を採用するようになった。

実は「飯塚幸三容疑者」という表記は、おこなっても別に問題がなかったのだ。

入院中でも逮捕状が出る例も

飯塚幸三氏が多くのメディアで「容疑者」と呼ばれない理由のひとつにもなっているのは、警察側が本人の年齢や事故後の入院などを勘案して「逃亡や証拠隠滅の可能性がない」と逮捕の必要性を認めなかったことだ。

ただ、今年5月8日に滋賀県大津市で起きた交通事故では、保育園児の列に突っ込んだ車両と対向車両の運転手2人が現行犯逮捕(もらい事故であった前者は同日中に釈放)されている。通常、この手の交通事故では、なかば機械的に当事者が現行犯逮捕されるケースが多い。

また、2012年4月に起きた関越道バス事故では、運転手自身が大ケガを負って入院したにもかかわらず、事故の当日に逮捕状が請求されている。京アニ事件の青葉容疑者も意識の回復前に逮捕状が請求された。入院中で逃亡や証拠隠滅の可能性がなくとも、逮捕やそれに準ずる措置はなされ得る。 いっぽう飯塚氏のケースでは、事故発生の直後に息子にみずから電話を掛け「人をいっぱい轢いちゃった」と状況を伝えたとされる。胸骨を骨折したとはいえ、人事不省の重体ではなかったようだ。現行犯逮捕や入院中の逮捕状請求がおこなわれなかったのはやはり不思議である。

事故原因の説明も、当初は「アクセルが戻らなくなった」だったのが、事故1ヶ月後になってから「ブレーキがきかなかった」などと一変。車体に異常がないことが確認されたにもかかわらず、自身の責任を否認するようになった。高齢で逃亡の可能性はなくとも、彼が証拠を隠滅する可能性は本当にないと言えたのだろうか。 逮捕をめぐる飯塚氏への処遇は、他の似たような事例に照らして考えればやはり不自然に思える。なお、逮捕令状を出す裁判所では「一般的に社会的地位が高い人間は、逃亡の恐れナシという判断を下します」(『週刊文春』2019年5月30日号)という。

「容疑者」と呼ばれることは社会的な制裁か

もちろん、逮捕は警察の捜査上のいち手続きにすぎず、犯罪者への処罰行為ではない。メディアの「容疑者」呼称の基準もかなり柔軟で、逮捕前から使われるケースもあれば、稲垣メンバーのように逮捕されても「容疑者」と呼ばれないケースもある(すぐに釈放されたという事情もあるが)。

ただし実態としては、日本社会では逮捕や「容疑者」呼称が「悪いことをした人への罰」とみなされがちであることはご存知のとおりだ。厳密に言えば法的な裏付けを欠く人権侵害なのだが、日本人の大多数は、これらが実質的な社会的制裁として機能することをおおむね容認する共通認識を持っている。

だが、この手の「悪いことをした人への罰」は成文化されたルールが存在しないだけに、その運用の程度は警察や報道機関の裁量に任される。ゆえに、処置にあたって組織の事情や有力者の意向がある程度は反映される可能性を常にはらんでいる。

警察とメディアの「不透明な仕組み」

まずは逮捕について考えよう。例えば2017年11月、秋田県警能代署の署員数人が、知り合いの警官の交通違反をもみ消した疑いが報じられた(同様の事件は検索で数多く見つかる)。また2000年には、かつて国家公安委員長を務めたこともある白川勝彦元自治大臣の秘書のスピード違反記録を、新潟県警が組織ぐるみで抹消したことが明るみに出ている。

もちろん上記は極端な不祥事だろう。ただ、日本では被疑者が警察と一定のコネを持っていた場合、時として捜査の方針や逮捕の基準に一定の手心を加えてもらえる可能性がある――。一定以上の社会経験を持つ日本人であれば、肌感覚としてそんな不自然なムードを感じた経験がある人もいるのではなかろうか。 メディアの場合は警察と違い民間企業であるため、より恣意的な判断がなされやすい。こちらは某芸能事務所の名前を挙げるまでもなく想像がつくだろう。当然、日々の報道のネタ元になりがちな警察や、カネの出所であるスポンサーに対する忖度も存在している(ようだ)。

ゆえに、例えば警察のキャリア幹部や敏腕の顧問弁護士といったエリート人材が身近に大勢いるような人物や、本人が名誉を失うことが体制のメンツを潰してしまう可能性がある人物については、警察やメディアが現場の裁量でなんとかできる部分については、多少の手心を加えてもらえる場合もある――。

実態としてどうなのかはさておき、少なくとも一般の人たちからそういう疑惑を持たれやすい不透明な仕組みは、私たちの社会においておそらく存在している。

「上級国民」の正体とはなにか

そろそろ「上級国民」という今年上半期の流行語が持つ意味を明確に定義しておこう。「上級国民」とは、日本の一般国民の間ではなんとなく容認されている、警察の逮捕やメディアの「容疑者」呼称報道といった社会的制裁の慣習から、可能な限り合法的に回避できる権益を持つ(ように見える)人を指す言葉である。

もしくは、他の一般国民に対しては通常無視されがちなタテマエが遵守され、日本の国家体制や大手報道機関から本来の理念通りの人権をちゃんと保障してもらえる人を指すと言いかえてもいい。少なくとも飯塚幸三氏はこの定義には合致するだろう。

加えて説明すれば、エスタブリッシュメントの世界ほど年功序列的な人脈関係が強固であるわが国の社会では、過去の豊かだった時代に資産や社会資源を蓄積していたり、レガシーな権力構造に近かったりする立場の高齢者ほど、「上級国民」になりやすいという特徴がある。 これらの事情を踏まえれば、10万人以上の人が飯塚氏の「厳罰」を求めた現象――。特に署名の現場に、ごく普通の中高・大学生や小さな子どもを持つ20~30代の夫婦がかなり多く見られた現象の背景も理解できそうだ。

もちろん、高齢で前科がない交通事故加害者は、たとえ死亡事故でも執行猶予がつく例が多いとされる。署名主催者の最大の目的は飯塚氏に重い実刑を求めることだろう。だが、うがった見方をするならば、あれだけ多くの普通の人が署名現場に向かった動機は、飯塚氏に対する「厳罰」以前に、そもそも「平等な罰」を求めていたからではないかとも思える。 つまり、一般国民が同様の罪を犯した場合と同じように飯塚氏が刑事的に処理され(=たとえ高齢者でも普通に逮捕されて厳しく取り調べられ)、「容疑者」の呼称で報道されるという、社会的制裁が望まれたのではないかということだ。

一般国民の感覚では自然に受け入れられている人権水準を、「上級国民」も甘受すべし――。こう書くとややグロテスクだが、昨今の世間のムードを考えればあながち外れた想像とも言えないのではないだろうか。

勲章を持ち続けられるか?

最後に余談を記しておこう。かつて通産省技官や工業技術院長のほかに、さまざまな要職を歴任して日本の発展に尽くしてきた飯塚幸三氏は、2015年に瑞宝重光章に叙勲されている。

これは「国家又ハ公共ニ対シ積年ノ功労アル者」に授与される、比較的高位の勲章だ。ただし、叙勲者が「死刑、懲役又ハ無期若ハ三年以上ノ禁錮」に処せられた場合には、勲章褫奪令(くんしょうちだつれい)にもとづき剥奪される決まりである。 他方、飯塚氏の容疑とみられる過失運転致死傷罪の刑罰は「七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる」(平成二十五年法律第八十六号)となっている。

飯塚氏にやがて下される判決には執行猶予がつくのか、実刑か? そもそも、現在88歳の彼が存命のうちに書類送検がなされて公判が開かれ、判決が確定される可能性はどれほどあるのか――? その結果次第で、未来ある母子2人の生命を奪った飯塚幸三容疑者は、叙勲者としての輝かしい名誉を保ったまま人生を終えることが可能となる。

(安田 峰俊)

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踏み間違い事故は、「過失」に対して刑事罰が科されるものです。ましてや2人が亡くなっているため被害者の夫であり父である人が厳罰を望むことは十分に理解できます。

ここで何回も話していますが、「踏み間違い事故」は、ペダル配置の欠陥によるものです。自動車メーカーは、この事故の原因が何か判っているくせに「リコール」を怖れて何もしません。確かに「踏み間違い事故」防止装置として、「加速抑制装置」を開発販売しています。

しかし、名古屋高検検事長の運転するレクサスLS500(トヨタ最高級乗用車 加速抑制装置 さぽとよ搭載)が踏み間違い事故によって、歩道を通行中のひとを殺してしまった事故で、なぜ加速抑制装置が作動しなかったのですか?

もと高検検事長一人轢き殺して送検だけぇ?

みなさん、わたしは10年この仕事をやっていますが、一番切実に感じていることはマスコミの世論形成についての印象操作です。間違った方向に世論を導いていこうとしています。無知によるものか恣意的なものかは解りませんが、犯罪に近いものがあります。許せません。

 

 

 

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