ベンツ夫人ベルタの冒険

31 7月 2017

ベルタ・ベンツ

内燃機関自動車の生みの親、カールベンツ。前回のブログでご紹介しました。そのご夫人がベルタさんです。

ベルタ・ベンツ(Bertha Benz 1849生ー1944年没享年95歳)は、夫が発明した内燃機関自動車(パテント・モトール・ヴァーゲン)の販売が思わしくないため、というより誰もその存在をしらなかったため、1888年、39歳のとき自らその自動車に乗って当時としては超長距離(約194km)を一人で走りました。その途中でブレーキを自分で改造したりしています。凄い人です。もしかしたら、夫にも無断で実行したのかもしれません。2人の息子を連れていったとの情報もあります。母であり、妻である人が愛する夫の発明をなんとか世の中に知らしめたたかったのだと思います。その思いを内に秘め、その時がくるのをじっと待っていたに違いありません。素晴らしい人だと思います。

画像出典:Wikipedia ベルタ・ベンツ 美人ですね。

その道はベルタ・ベンツ・メモリアル・ルートとしてドイツ観光街道のひとつとして観光ルートになっています。

Bertha Benz Memorial Route
ロゴ:
Berthabenzmemorialrouteschild.jpg
国: ドイツ
距離: 194 km (120 miles)
範囲: フランクフルト・アム・マイン
およびバーデン=バーデン
州: バーデン=ヴュルテンベルク州
領域: 北バーデン
方向: 南北方向
始点: マンハイム
最も遠方: プフォルツハイム
終点: マンハイム(周回コース)
高度: 89 m から 359 m

表出典:Wikipedia

画像出典:Wikipedia ライン川に沿って走ったのですね。

モトールヴァーゲンの1888年の初期型モデルは変速ギアがありませんでした。そのため急な坂を自力で上ることができませんでした。妻ベルタはこれに乗って長距離旅行した際にこの問題に気付き、夫にギアの追加を提案して、実際にその修正がなされました。この旅行にはパテント・モトール・ヴァーゲンの3号車が使われたそうです。

ベンツを語る上で、妻ベルタが行った世界初の長距離自動車旅行は重要です。1888年8月5日、1888年8月5日、ベルタはおそらく夫に知らせずに2人の息子を伴い、マンハイムからプフォルツハイムに住む母の家まで106kmの自動車旅行に出ました。燃料のガソリンは当時、薬局で少量ずつのベンジンがシミ抜き用として販売されているだけでした。薬局がガソリンスタンド代わりです。いくつかの長い下り坂を経て、「ブレーキの効き」に疑問を感じてブレーキにライニング(摩擦材)をつけることを考案しました。必要は発明の母です。彼女は即、靴屋に寄り、革をブレーキブロックに打ち付けるよう頼んだそうです。夕方には目的地に到着し、ベルタは電報でカールに報告しました。やはり山あり、谷ありのの長距離走行を実際に旅行することでモトールヴァーゲンの可能性を示しました。今ではこの出来事を祝し、2年ごとにクラシックカーのラリーが開催されています。2008年、ベルタ・ベンツの世界初の長距離自動車旅行のルートがベルタ・ベンツ・メモリアル・ルートとしてドイツ観光街道に選定されました。マンハイムからハイデルベルグを経由してプフォルツハイム(シュバルツヴァルト)まで行ってまた折り返す194kmのルートには、その標識が立っていて往時を偲べるようになっています。

 

 

動画出典:youtube

 

画像出典:Wikipedia 左:「ヴィクトリア」(モトールヴァーゲンの後に開発した新型車)に乗っているベンツ夫妻(1894年)右:カールとベルタ(1914年頃)

 

コメント

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