もと名古屋高検検事長の踏み間違い事故 その後4

10 8月 2020

石川達紘というおとこ

「そうですか、じゃないですよ」元特捜エースの追及……レクサス暴走は“システム不具合”か“踏み間違い”か

元特捜検察のエースとトヨタの法廷闘争 #4

トヨタの最高級車レクサスの暴走による死亡事故で、過失運転致死罪などで起訴された元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(81)に対する第4回公判が6月30日、東京地裁で開かれた。

国土交通省所管の独立行政法人で自動車事故などの技術的検証を担当した専門家が被告側証人として出廷。ドライブレコーダーなどの詳細なデータ解析をもとに「ブレーキシステムの不具合で車が勝手に発進、暴走した可能性がある」と証言した。「車に不具合はなく石川のアクセル踏み間違いが原因」としてきた検察側の主張が揺らいだ形で、検察側は、専門家による反論の意見書を提出すると表明した。(敬称略)

◆◆◆

左足がアクセルペダルに届いたかどうか、が最大のポイント

出川証言は、石川の左足がアクセルペダルを踏み込んでいないのに、事故車がブレーキシステムの不具合で勝手に暴走した可能性を示した。ただ、一定の説得力はあっても、あくまで“可能性”である。それを事実として科学的に立証するのは極めて難しいと思われる。結局、裁判は、石川が左足でアクセルペダルを踏み込めたのかどうか、が最大のポイントになる。

事故後、「アクセルペダルを踏んだ記憶がない」と鬱々とした日々を送っていた石川が「踏んでいない」と確信したのは、19年1月24日、東京都交通局都営バス品川自動車営業所港南支所で行われた検察、警察による実況見分だ。捜査側は、ドライブレコーダーやEDRの解析で石川の踏み間違い事故と確信しており、石川の要求になかなか応じなかったが、検察上層部の一声で実現した。

事故車と同型のレクサスLS500hの運転席の座席の位置を、警察で保管している事故車両と同じ位置に調整。石川を座らせていろんな角度から写真撮影した。

石川によると、右足をドアに挟んだ状態で、両手でハンドルを握ることは可能だったが、左足はどうやってもアクセルペダルにもブレーキペダルにも届かなかった。事故前にシートを後方にずらして休憩していたのを思い出した石川は、得心がいった。

警視庁側は、この事態を予期しておらず、石川の右足をドアにはさみ、前のめりになった姿勢にしたり、事故時に履いていた靴を改めて装着させたりしたが、それでも届かなかった、という。

警視庁はその後の19年2月8日、事故現場で事故車と同型の車を用意。防犯カメラなどの映像をもとにシート位置を事故時と同様にセット。石川と身長、体重が同じ警官を、右足をドア枠に置いた状態で運転席に座らせたところ、左足でアクセルペダルを踏むことができた、とする見分結果をまとめた。検察はこの見分資料を石川に示し石川を起訴した。

石川側は1月24日の実況見分で撮影した写真を判断資料にするよう検察に求めたが、警視庁は提出に応じなかったという。そのため、石川側は、改めて1月24日の見分と同様の再現見分を行い、その写真とビデオを裁判所に提出した。

「なぜ、完全に踏み込んだ写真を撮らなかったのか」

「鑑定書」を作成した警視庁交通捜査課の寛は、1月24日と2月8日の両方の見分に立ち会っていた。第2回公判(2月18日)で、検察側証人の寛を石川側は攻め立てた。

石川の弁護人の松井巖は19年2月8日の見分で、石川とは別の仮想運転者(警官)を使った再現見分について質問した。警官は161センチ、61キロの石川と同体格だとされる。

松井「足の長さを計測していませんね」

鑑定書作成警官「はい」

松井「足の長い人、短い人というのは、個性があるんじゃないですか、一般的に」

鑑定書作成警官「一般的に、はい。多少」

松井「左足でアクセルペダルを踏むことができるかどうかというのは、やはり、そこで、本件にとってはとても重要なことなので、測って同じ条件でやるべきだったんじゃないでしょうか」

鑑定書作成警官「理想を言えば、そうです。はい」

松井「今回は、理想通りには、いっていないということですね」

鑑定書作成警官「常識の範囲内でやっています」

松井「あなたにとっては、それが常識なんですか」

鑑定書作成警官「はい」

松井は苛立つ。左足がアクセルペダルに「届いた」とする写真について「とてもアクセルを底まで踏み込んでいるように見えない。あなたにはそう見えるのか」と質問した。

元福岡高検検事長だが、捜査経験も豊富。大柄で貫録がある。

鑑定書作成警官「写真ではなくて、私は肉眼で、目視で踏まれているのを確認していますので、先生がおっしゃっているのは写真の撮れ具合で。実際には、これはちゃんと踏めています」

松井「私の目には、左足がアクセルペダルに触るか触らないか分からないようにしか見えない」

鑑定書作成警官「踏んでいると見えます」

鑑定書作成警官「あなたの目じゃなくて、はっきりとわかる形の写真、ないしビデオを証拠化してここに付けるべきだったのでは」

後輩の立ち合い検事が「異議。誤導だ」と指摘したが、松井は引かなかった。

松井「一番重要な写真を撮っていないのか、いたか、それをどうして添付していなかったかということですので、何ら誤導ではない」

そして重ねて寛に聞いた。

松井「なぜ、完全に踏み込んだ写真を撮らなかったのか」

鑑定書作成警官「その写真がそうなんですとしか申し上げられない」

仮想運転者がハンドルを握ってアクセルを踏み込む全身写真もなかった。

「その写真が、全然出てこないのはどうしてですか」

続いて、被告人の石川本人が尋問に立った。現役時代は「カミソリ達紘」と恐れられた元特捜のエースである。

石川「1月24日の再現実験。検事の指揮の下でやったんじゃないですか」

鑑定書作成警官「そうですか」

少し気が高ぶったか、石川の声はかすれ気味だ。

石川「そうですか、じゃないですよ」

鑑定書作成警官「私は計測員でその日は行ったので」

石川「あなたは、私の目の前で事故車の座席の位置を測定してきて、曲尺(かねじゃく)で私の目の前で示されましたね」

鑑定書作成警官「私が計測しました」

石川「あなたが計測したあと、あなたが私にこの座席に乗ってくださいと指示されましたね」

鑑定書作成警官「はい」

石川「座った後に足はどうなってましたか」

鑑定書作成警官「足は届かないということで」

石川「あなたは、その場で目で見ているでしょう」

立ち合い検事がここで遠慮がちに異議を唱える。

検事「言い合いの様相。必要であれば、弁護人からお尋ねいただくか」

裁判長も「冷静に」と諭すが、石川の追及は続く。80歳(当時)とは思えない迫力だ。

石川「それで、あなた、背後にカメラマンがいて、右背後から私の足の写真を撮ったのは見ておられますね」

鑑定書作成警官「はい、計測しながら」

石川「その写真が、全然出てこないのはどうしてですか」

鑑定書作成警官「わかりません」

石川「だって、実況見分を、調書をあのとき作ったでしょう。そのとき撮った写真が、警察に要求しても全然出てこないんですけれども、どうしてですか」

検事がたまりかねたように異議を申し立てる。

検事「証拠開示のやり取りを警察官に求めるのは意味がない」

石川「計測していたんじゃなくて、むしろあなたが主体的にこの実況見分をやっているように見えた」

「異議」。検事が苛立つ。「意見を押し付ける尋問になっている」

「別に押し付けているわけじゃない。聞いてるだけです」と石川は言うが、裁判所にたしなめられ尋問を撤回。

石川「あなたの鑑定書には、1月24日に実際に私がその現場にいて、足の長さを見て、どういう状況かをあなたが見ていながら、その内容は鑑定書に盛られなくて、その後の2月8日に改めてあなたが仮想運転者を使ってやったのは、それを鑑定書に書いているのはどうしてですか。私が実際にいたのに、どうして私のことを書かなかったんですか。あの実況見分を」

鑑定書作成警官「それは、記憶に基づく再現で出来上がった資料なので、これを鑑定書の疎明資料として使うことはちょっとできないという判断です」

裁判所は再現見分を行うべきではないか

この日、証人尋問に先立ち、石川側が事故時の運転状況を再現見分したビデオを裁判所が証拠採用し、法廷で再生した。筆者が記者席から見た限りでは、画面が暗く、撮影角度のせいもあるのか石川の左足とアクセルペダルの距離感はよくわからなかった。先に法廷で証拠調べをした2月8日の仮想運転者による再現見分のビデオも同様だった。裁判官の受け止めも似たようなものではなかろうか。

石川側は、公判前整理手続きの段階から、裁判所による再現見分を求めてきたが、裁判所は検察の反対を受けて判断を留保し、双方の立証が終わった段階で見分を行うかどうか判断するとしている。そのため、双方が、それぞれの見分記録を証拠請求することになった。

 

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