本田宗一郎の遺言

08 12月 2018

ホンダ技研の創業者本田宗一郎。1970年年代に台湾と韓国に技術移転を行いました。発展途上国に対する技術援助です。このお話は、作家の邱永漢、渡部 昇一著「アジア共円圏の時代」からの抜粋です。

本田技研の創業者、本田宗一郎氏が技術支援の為に、台湾と韓国へ技術支援に行きました。
しばらくして台湾から、 「日本と同じものが作れるようになりました。是非見に来てください!」 と連絡が入りました。
そしてしばらくして韓国からも連絡が。
「日本と同じものが作れるようになりました。もう来なくてもいいです。」
そして韓国は本田とのライセンス契約を一方的に解消し、エンジンからデザインまで 全くのコピー品を”韓国ブランド”として販売を始めました。
本田宗一郎氏は大変失望してこう話したそうです。
「韓国とは絶対関わるな」

昔、本田宗一郎さんが私の家に来て食事をごいっしょしたことがありました。
そのとき、「本田さんのところでは、外国に何軒、工場がありますか?」と尋ねたら、「三五軒」とおっしゃったように記憶しています。
そして、「その中で、一番うまくいっているところはどこですか?」と尋ねますと、「台湾」とお答えになり、 「台湾に行くと、台湾の人がみんな、私に『こうやって自分たちが仕事をやれるのは、本田さんのお陰です』と言って、 ものすごく丁重に扱うのです。ですから、胸に一物もっていても言い出せない」とおっしゃいました。
この本田さんの言葉は、日本と台湾の関係を象徴しているように思います。
ちなみに、一番具合の悪かったところはどこですかと、本田さんに尋ねましたら、「韓国」とおっしゃった。
「どうしてですか?」と尋ねると、「向こうへ行って、オートバイを作るのを教えた。それで、一通りできるようになったら。『株を全部買いますから、帰ってくれ』と言われた。 『どうしましょうか』と下の者が聞いてきたから、『そんな事を言われるところでやることはねえよ』と言って、金をかえしてもらった。
その翌日に朴正熈(ボクセイキ 朴槿恵のお父さん)が殺されたんだ」とおっしゃった。

動画出典:Youtube で、これが韓国擁護の日本人か韓国人か在日が造った動画です。今(2018年12月)となっては全く信用できないものとなっています。

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2018年、1965年に締結した日韓合意(国際条約)を嘘徴用工最高裁判決であっさり破った韓国ならさもありなんと思います。かの国には信義・恩義・誠実・友情などがありません。福沢諭吉が脱亜論を唱え、伊藤博文が中国ハルビン駅で朝鮮人安重根に暗殺され、慰安婦の嘘に振り回され、10億円を支払った財団を勝手に解散され、そして2018年極左政権ブンザイトラに国際条約を反故にされた今、韓国とこれ以上付き合う意味はあるのでしょうか?

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