群馬県前橋で登校途中の女子高生らを跳ねて死傷させた「中高速からのペダル踏み間違い交通事故」を憶えておられるでしょうか?
もし、運転者が血圧の薬の副作用で心神喪失状態に陥ったなら、筋肉が弛緩してしまいます。アクセルを踏むことは可能でしょうか?
前橋事故では、運転者が「病気」による心神喪失だったとして無罪判決がでましたが、逆転有罪となりそうです:
群馬県過失運転致死事件 なぜ88歳の被告人は自ら「逆転有罪」を求めたのか
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一度は下った無罪判決
事件からここまでの流れを一度振り返ってみましょう。 2018年1月9日午前8時25分。群馬県前橋市の県道で、自転車で登校していた女子高生2人が、反対車線を逆走してきた車にはねられるという事故が発生。16歳の女性は死亡し、18歳の女性は重傷を負い、車を運転していたA被告人(当時85歳)が逮捕されました。 事故から10ケ月後の2018年11月、前橋地裁で初公判が行われました。起訴状は「医師から車を運転しないよう注意されていたにも拘わらず運転した」という内容で、被告人は、「医師から運転やめろとは聞いていない」と否認。弁護人も「被告人は血圧を下げる薬の副作用で運転中に意識を失った可能性が高い」と、事故は予見できなかったと無罪を主張したのです。
(大野意見:もし、運転中に「意識を失った」としたら、筋肉はぐったりと弛緩してしまってアクセルを踏むことはできません。では何故クルマは暴走したのでしょうか?)
地裁判決が出たのは初公判から1年半後の2020年3月5日。判決は無罪。理由は、運転中の被告人の意識障害が事故の原因で、その意識障害は薬の副作用で血圧が下がったことによる可能性が高いので、被告人としても、予測出来ないものだった……という内容。 そして、今年8月。この裁判の控訴審が10月に決まったという報道がありました。遺族や被害者が無罪判決に納得いかなくて控訴したんだろうなぁと思っていたら、被告人も納得いってなくて有罪判決を望んでいるとのこと。 有罪判決を受けた被告人が逆転無罪の判決のために控訴するのは普通によくあるケースですが、無罪判決を受けた被告人が逆転有罪判決を求めるなんて……。日本の裁判史まで話を広げると確証はないものの、個人的な20年程の傍聴の中では初。相当なレアケースです。
Aさんは、事故を起こし、高校生を死亡、負傷させたことを認識し、罪を認め、有罪を覚悟しています。Aさんは昭和7年生まれ、現在88歳という年齢で、人生の最後を迎えるにあたり、責任を認め、罪を償い、人生を閉じたいと考えているのです。Aさんが有罪を認めているのは明らかであります。本件に至りましては、有罪判決を賜りたく、よろしくお願い致します」 と、有罪判決を求める珍しい弁論。その朗読を終えると、 「では、次回判決は11月25日の午前11時。同じ102号法廷で行います」
刑事罰を受けることだけが「罰」なのか
A被告人の想いは弁論の朗読によって明らかになりました。 ただ裁判って、本人も望んでいるから有罪でいいでしょ……とはいかないわけで。あくまでも採用された証拠を見てジャッジするものなので、前橋地裁の判断を覆すほどの証拠があるのか、最終的には裁判官がどう判断するのかは11月25日までわかりません。一審の通り無罪なのか、今回の証拠によって有罪になるのか、はたまた一審差し戻しで前橋地裁の裁判をやり直すことになるのか。 このA被告人の控訴審初公判の4日前には名古屋高検の検事長だった被告人による車の暴走で男性が亡くなった事故の過失運転致死の論告が、控訴審初公判の2日後には旧通産省工業技術院の院長だった被告人による車の暴走で母子が亡くなった事故の過失運転致死傷の初公判が東京地裁で行われました。高齢者のドライバーによる死亡事故の裁判が、偶然にも同じ建物内で1週間に3件も開かれた事になります。 事件や事故は1件1件違うので被告人の主張を並列して簡単に比較することは出来ないけど、3人とも有罪か無罪かを争っている被告人という意味では共通しています。事故の原因が自分にないなら無罪を主張するのは当然だし、証拠によってその主張が認められれば無罪判決が言い渡されるのも当たり前の話です。 ただA被告人は、事故原因が車の不具合という主張でも無いし、無罪判決に不服で控訴しているという、上記の2人とは全く違う主張なんですよね。だからこそ本人の口から述べてほしかったなぁ、と。無罪判決のままでは謝罪は出来ないのか、責任を取ることは出来ないのかと。自分のしたことに向き合ってるのは十分に伝わってるんですけどね。遺族と被害者が求めてる有罪と被告人が求めてる有罪では意味合いが違ってきてる気がして。 必ずしも刑事罰を受けることが償いになるとは限らないんじゃないかなぁと考えさせられた裁判でした。
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文春オンラインの記事には毎度のこと、がっかりさせられます。 なにががっかりさせられるかというと:
問題の本質を全く捉えていないからです。というのは、踏み間違い事故は他の交通事故とは、ちょっと次元が違います。 刑事罰の理由が「事故の予見ができたのに、防止する策を怠った」ことであるとするならば、「ペダル踏み間違い事故」を防止できる方法があるのですかと問いたいです。
この文春オンラインの記事はもしかしたら「村山治」記者の文章ではないですか?
だとすれば、名古屋高検検事長の死亡事故で、「レクサスLS500が勝手に暴走したために事故となった」と支援記事を書いた人ならと納得がいきます。
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